みなさん、こんにちは。Lyraと申します。
見てくださり、ありがとうございます。
自分が好きなこと、興味のあることを書いていくブログです。
自己紹介をします。
これまでの人生
幼稚園~小学生まで
環境の変化が多かった
昔から外で遊ぶよりも絵を描くのが好きでした。幼稚園のころにマーカーペンのセットを購入すると思うのですが、インクが無くなって新しいペンを購入するたび、試し書きと言いつつすぐインクを切らしていました。
友達は多いタイプではなく、一部の子とめっちゃしゃべるような内向的な子どもだったと思います。(今は社会人として人とだいぶしゃべれるように。)
小学校の授業は音楽が好きでした。歌のテストがあり、みんなの前で発表する形式でしたが、やりたくない、緊張すると周りに話していながら内心は楽しみにしていました。
勉強は好きではないが、やってはいました。特に漢字テストは満点でないと気が済まないというぐらいガチでした。今となっては漢字全然書けないです。算数はあんまり得意でなかったです。
親の転勤で転校を何回かしていたので、いろんな人に会いました。よく漫画にでてくる転校初日に黒板に自分の名前を書いてみんなの前で自己紹介するやつも経験しました。あれが一番緊張します。みんな怖かったです。度胸はここで多少ついたかもしれません。その先々のなまりが若干うつっては引っ越しだったので、イントネーションがおかしなことになっていました。
仲が良い子はできたけど、きっと続かないだろうなと思いながら接してた部分があるのかなと思います。当時自覚はないですが。なんとなくそれが今の人間関係の作り方のもとな気がします。
中学生
一番真面目にやっていた
小学後半からは転校がなかったので(親が単身赴任という選択をとるようになった)ので、ずっと同じ環境で過ごすというのを初めて経験しました。とにかく勉強と部活で時間が埋まりました。
勉強はとにかく定期テスト90点以上目標にしていました。80点台を取ったものなら紙をくしゃくしゃにするぐらい悔しかったです。要領があまりいい方ではないので、とにかく端から端まで覚えるというのをやっていました。今なら絶対無理です。集中力が持ちませんし、非効率だなと思います。英語が1番得意で高校もなんとなく国際系が良いと考えていました。
部活は吹奏楽部に入りました。小学から仲の良い子と同じ部活でした。パートは先輩が一番優しそうな、クラリネットに入りました。実際そうでもなかったですが。週7日、平日は総下校の時間まで、土日も9時-17時までやっていました。吹奏楽コンクールは市大会の銀賞止まりでしたが、練習量だけは負けじと必死でした。「宝島」という吹奏楽で定番の曲があるのですが、初めて外で演奏する機会で吹いた曲のためとても思い入れがあります。よかったら聴いてみてください。3年生はパートリーダーを経験しました。クラは人数が多いパートでいろんなタイプがいて、まとめるなんて大層なことはできませんでした。リーダー向いていないと痛感しました。

ともかく何事もすべて100%で取り組んでいたのがこの頃で、よく毎日生きていたなと思います。
高校生
初めて海外に
高校は国際系のところに進学しました。自分は英語が得意と思っていたのですが、周りが帰国生ばかりで鼻っ柱を折られました。それでもいろんな国に滞在していた友だちの話は刺激的で、本当にここに来てよかったと思いました。学校のプログラムでドイの姉妹校交流に応募しました。それが人生初海外です。
当時1年の終わりで、第二外国語でドイツ語を取っていたとはいえ、まったく話せない状態で行きました。リアルにHalloとDanke schön、Ich möchte~ で乗り切りました。ホームステイも初めて経験しました。みんな優しくて、こちらの話を一生懸命聞いてくれました(英語などを使いながら)。思い切り人見知りを発揮してしまいましたが、家族の時間を大事にしているところが素敵だなと感じ、幸せな時間でした。
部活は吹奏楽部に引き続き入りました。吹奏楽コンクールに出場しない、楽しく活動するのが目的のところでした。先輩方も優しく距離が近い関係で居心地が良かったです。学生指揮者を決めないといけない場面でやる人がおらず、しかたなく学生指揮者を担当しました。ピアノも習ったこともなければ特別耳が良いわけではないので、不安でした。奏者と相互に話すことを通じてだんだん一緒に曲を作っていく楽しさを感じました。ですが、今もう一回やれと言われたら遠慮いたします。プレッシャーを感じることばかりでしたので。
大学生
今も心の支えとなっている友だちとの出会い
大学も国際系のところに入りました。どこかで留学したいと思っていたので、他の学部も考えましたが、同じ方面に進みました。そこで同じ学部同じサークルに入った子らと仲良くなりました。
子ども向けのボランティアに参加する団体で、いろいろなレクを企画したりしました。みんな他人に思いやりがあって優しく、真面目で面白い人たちばかりでした。つまり最高ということです。その居場所が私にとっては大切で今でもたまに写真を見返したりします。
このタイミングでコロナが来ました。人と会うのが当たり前でなんでもかんでも興味のあることに首を突っ込んでいたのに、それが強制的にできなくなり、一気にやる気をなくしました。人と連絡を取ることも億劫になり放置してしまいました。あの瞬間の自分だけは目を背けたいです。どうしてもその状況を抜け出したく、留学を決意しました。そして2度目のドイツに行くこととなりました。
約1年弱の留学は長いようであっという間でした。同じ日本人の留学生仲間やドイツ語の授業で同じになった他国の留学生、それからビザの手続き等を手伝ってくれたチューターさんなどたくさんの人に会いました。ドイツ人のマインドとして見習いたいなと思った点が、自分を過大評価も過小評価もせず、ありのままを表現するところです。私の場合、人にここができるという際は、保険をかけて気持ちその一段階下のレベルで伝えます。一方で知り合ったドイツ人は「私はギターはいまいちだけど、歌は得意なんだ」と話してくれて、自分の思っている姿をそのまま人に伝えられるのがいいなと感じました。それから前よりかは自分に対して無駄に保険をかけることが減った気がします。
社会人
いい人に恵まれている
新卒でSIerの会社に就職し、未経験のエンジニアとして働き始めました。それまでこれと言ってやりたいことを絞ることができなかったのですが、留学先の先輩がリモートで場所を選ばず仕事しているのを見てリモートもありな仕事かつ、手に職が欲しいと思い、決めました。いちいち内容が難しいですし、追いつくのに必死でしたが、同期や身近な先輩が良い人たちで何より心の支えでした。残業がなかなか多い時期もありましたが、修行期間だと思って仕事していました。
仕事以外では社会人のアカペラサークルと軽音サークルに入りました。学生の頃のサークルでもその2つは経験していたのですが、すぐやめてしまったので、改めてじっくりやる良い機会だと思いました。そこでギターを始め、今でも奮闘中です。機材関係が全然わからないので、これから勉強していこうと思います。社会人になって新たに趣味が増えて充実しているなと感じます。やっている”こと”もそうですし、そこで出会う”ひと”もです。
これからも日々の出来事や人とのつながりを大切にしながら、生きていこうと思います。
どうぞよろしくお願いします。
最後まで読んでくださりありがとうございました。